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宗像大社 辺津宮~由緒と祭神

記事Feb. 23rd,2019
Jan. 25th,2020
訪れた神社の詳細についての備忘録。福岡県宗像市にある宗像大社は全国に6000以上ある宗像神社や厳島神社などの総本宮です。宗像大社 辺津宮の歴史と祀られる神様について。
訪れる時は公式の情報を確認してください。
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由緒

宗像大社

宗像大社の創建は有史以前で詳しくはわかっていませんが、倭国と大陸との間の交易が活発になった4世紀ごろには大陸との交通の要衝である沖ノ島で航海の安全や交流の成就を祈る大規模な祭祀が行われるようになっていたとみられます。この時は社殿がない露天での祭祀で、7世紀ごろには同様の祭祀が御嶽山の山頂や九州本土の田島でも行われるようになります。

8世紀前半に成立した日本最古の歴史書である“古事記”や“日本書紀”には豪族の宗像氏が沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮で宗像三女神を祀っていると記され、これまで自然崇拝だった信仰が宗像三女神という人格神への信仰へ変わっていったことがわかります。伝えられる伝承では起源を日本神話に持ちます。天照大神と素戔嗚尊の誓約の時に天照大神が素戔嗚尊の十握劒を噛み砕き吹き出すと、その息の霧から田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神の姉妹からなる宗像三女神が生まれました。天照大神の神勅により三神は玄界灘を望む宗像の地に降り立ち、祀られるようになったのが宗像大社のはじまりとされます。宗像大社は記紀に神名とその鎮座する地が明確に記述された最古の神社でもあります。

古くからこの宗像の地の氏神として信仰を集めていましたが、神功皇后が三韓征伐の際にこの地で航海の安全を祈ると霊験があったと言われ大和朝廷から重視されるようになり、航海安全の守護神として崇められるようになりました。律令制導入により国郡制が布かれると宗像一郡が神領として与えられ、宗像氏が神主として神社に奉仕するとともに神郡の行政も司りました。

戦国時代になると武士化した宗像氏は戦に動員されて宗像大社もたびたび攻撃の対象となって焼失し、宗像氏も衰退しましたが、その都度朝廷や武家の信奉で再建を繰り返してきました。筑前国領主小早川隆景や福岡藩主黒田氏が度々社殿の造営や修理をしたと伝えられます。

第二次世界大戦後には荒廃していた境内が宗像市出身で出光興産の創業者、出光佐三の尽力によって再建されたことが知られます。

宗像大社は2017年に“「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群”の構成資産として世界遺産に登録されました。

辺津宮

市杵島姫神を祀る辺津宮に社殿が造営された時期はわかっていませんが、7世紀ごろには辺津宮の奥にある高宮祭祀遺跡で沖ノ島のものと同様の露天祭祀が行われるようになり、12世紀ごろには高宮祭祀遺跡がある丘陵の麓に辺津宮となる社殿が建てられていたとみられます。

祭神

宗像大社

天照大神と素戔嗚尊の誓約の時に天照大神が素戔嗚尊の十握劒を噛み砕き吹き出すと、その息の霧から田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神の姉妹からなる宗像三女神が生まれました。天照大神は“汝三神、道の中に降りて居して天孫を助け奉りて、天孫の為に祭られよ”という神勅を三神に授け、高天原から宗像の地に降臨させました。宗像の地に降り立った三神はそれぞれ沖ノ島と宗像大島、九州本土に祀られるようになり、現在の宗像大社の三宮になりました。

宗像大社の三宮とそれぞれの主祭神です。

辺津宮
市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)
中津宮
湍津姫神(たぎつひめのかみ)
沖津宮
田心姫神(たごりひめのかみ)

もともと宗像三女神は豪族の宗像氏を中心とした海人族が崇拝した土着神であったとするのが通説で、大陸との往来の要衝を支配する宗像氏と大和朝廷との関係が親密化するにつれて古事記や日本書紀に記される国家神として祀られるようになったとされます。

宗像三女神について詳しくはこちら。
宗像三女神|kami-sama|learning神社

辺津宮

辺津宮の主祭神は宗像三女神のうちの市杵島姫神です。

また、境内には湍津姫神と田心姫神のそれぞれの分霊が祀られる第二宮と第三宮があり、三神すべてに参詣することができます。

ご利益

あらゆる道を導く最も尊い神として、古くから大陸への海路を護る航海安全の神様として信仰されてきました。自動車が発達した現代では交通安全の神様としてよく知られています。

また、天皇家を守護するよう神勅を受けて降臨した宗像三女神は国家安泰の神様でもあります。

境内社

古代の律令制度の時代には神社は“神郡”として定められた地域のみ私有が認められましたが、宗像大社は神郡が許された全国で有力な7の神社のうちの一つとなりました。宗像大社の神郡に祀られた神社から分祀した121の祭神が末社として辺津宮境内の23の社殿に祀られています。現代でもそれぞれの地域で祀られ続けている祭神もありますが、すでに分祀元がわからなくなってしまった末社もあります。

以下の119社は本殿を囲むように並ぶ21の社殿に祀られています。

  • 大神神社・河上神社・五位神社・只下神社・御衣代神社・津田神社
  • 貴船神社・犬王丸神社・四道神社・小野井神社・息直神社・原比女神社
  • 津加計志神社・四道福松神社・祓方遠賀堺神社・山口御口代神社・須多田神社・加津浦神社
  • 正三位神社・草上神社・四道神社・稗和神社・御船漕神社・天宮金宮神社
  • 和加神社・山口若宮神社・勝浦神社・年津兩上神社・酒多神社・前戸神社
  • 孔大寺神社・所主神社・龍主神社・止々神社・年所神社・祝詞神社
  • 國連神社・荒神社・渡津神社・柳牟田神社・蛭田若宮神社・人見神社
  • 浪折神社・年津久神社・大井神社・飯盛神社・和歌神社・国玉神社
  • 宮田若宮・宰貴若宮神社・許斐神社・辻原若宮神社・十所王子神社・本木若宮神社
  • 宇生神社・指来神社
本殿左側の境内社
本殿裏側の境内社
  • 政所神社・朝拝神社・風隼神社・息送神社・九日神社・息正三位神社・矢房神社・風降天神社・大都加神社
  • 百大神社
  • 二柱神社
  • 藤宮神社岡堺神社・楯嵜神社・上高宮神社・上袴神社・山下神社
  • 稻庭上神社神社・宮地嶽神社・興里嶽神社・吹浦神社・土穴若宮神社・森神社
  • 妙見神社神社・荒熊神社・山部神社・御竃神社・山師神社・君達神社
  • 千得下府神社神社・北崎四所神社・須田神社・地主神社・厳島神社・下高宮神社・照日神社
  • 須賀神社・縫殿神社・内浦若宮神社・酒田神社・伊久志神社・示現神社・熊野神社
  • 織幡神社・飯豊神社・御霊神社・祓方神社・葦木神社・山手神社・波寄神社
  • 牧口神社・年毛神社・濱宮神社・西搭田若宮神社・池浦山王神社・久米神社・若八幡神社
  • 御鎰持神社・伊摩神社・酒井神社・池田若宮神社・飯盛小盛神社・温濟殿神社・白鬚神社
本殿裏側の境内社
本殿右側の境内社

以下の2社は御垣の外側にあります。

  • 松尾神社
  • 蛭子神社
松尾神社
蛭子神社

祭事

以下は主な祭事です。

新年祭
1月1日、1月3日
節分祭
2月3日
春季大祭
4月1日~4月2日
夏越の大祓式・夏越祭
7月31日
秋季大祭
9月30日~10月3日
年越の大祓式・除夜祭
12月31日
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