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太宰府天満宮~由緒と祭神

記事May 25th, 2020
訪れた神社の詳細についての備忘録。太宰府天満宮は福岡県太宰府市にある神社です。学問の神様として知られる菅原道真を祀り、京都にある北野天満宮とともに全国にある天満宮の総本社とされます。太宰府天満宮の歴史と祀られる神様について。
訪れる時は公式の情報を確認してください。
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由緒

創建は平安時代の延喜19年(919年)、当地に建てられた安楽寺天満宮が現在の太宰府天満宮の始まりと伝えられます。

昌泰4年(901年)に右大臣であり、太宰府天満宮の祭神となる菅原道真は左大臣藤原時平らの陰謀(昌泰の変)のより筑前国大宰府へ左遷され、延喜3年(903年)に同地で病死しました。葬送の牛車が安楽寺の門前で動かなくなったことから、そこに留まりたいのだという道真の遺志によるものと考えられ、この地に埋葬され、延喜5年(905年)には祀廟が建立されました。

一方京都では延喜9年(909年)に藤原時平が病死したのをはじめ、陰謀を首謀したとされる者の死が相次ぎ、“道真の祟り”によるものと噂されるようになったため、延喜19年(919年)に怨霊を鎮めるべく醍醐天皇の勅命により藤原仲平が立派な社殿を墓所の上に造営し、この時が太宰府天満宮の創建とされています。

それでも“祟り”は鎮まらず、延喜23年(923年)に狼狽した朝廷は道真の官位を右大臣に復し、正二位の位階を追贈、元号も延長と改元しました。しかしついに延長8年(930年)には醍醐天皇臨席のもと貴族が居ならぶ内裏の清涼殿に落雷し、死傷者が出る清涼殿落雷事件が起きます。醍醐天皇は助かりましたが、この事件をきっかけに病床に伏せ、3カ月後には崩御します。

その後も災厄が起こるたびに怨霊によるものと恐れられたため京都の北野に社殿が造営されて「北野天満宮天神」の勅号が贈られ、大宰府の社も安楽寺天満宮と称すようになります。“宮”の社号は本来天皇や皇族を祀る神社に使用されるもので、怨霊への恐れが見てとれます。一条天皇の時代になると生前の右大臣の官位を越える左大臣、さらに太政大臣の官位を贈ったほか、寛弘元年(1004年)には北野天満宮に天皇自ら行幸するとともに太宰府へも勅使を遣わせています。

平安時代も後期になると徐々に怨霊信仰も薄れ、道真への信仰は様々な形で各地へ広がっていきました。特に道真が学問に秀でていたことから学問の神として信じられるようになります。

安楽寺天満宮は戦国時代にはたびたび戦乱に巻き込まれて社殿が焼損し、一時荒廃しましたが、筑前国の領主となった小早川隆景によって再建され、天正19年(1591年)に現在の本殿が造営されました。江戸時代になっても福岡藩主黒田氏によって復興され、盛大な神社になりました。

明治に入ると神社の国家管理により、“宮”の社号が基本的に皇族を祭神とする神社以外は使用できなくなったため太宰府神社と改名します。また、神仏分離により天満宮の建立以来共存してきた安楽寺は廃寺となります。

戦後、神社の国家管理が終わると昭和22年(1947年)に社号を太宰府天満宮として現在に至ります。

祭神

太宰府天満宮の祭神は“天神様”としても信仰される平安時代の貴族、菅原道真です。

承和12年(845年)に学問をもって朝廷に仕える家系であった菅原家に生まれた菅原道真は幼少期から学問に秀でており、5歳で和歌を、11歳で漢詩を詠むなど神童と称される優れた才能の持ち主でした。学問に励んだ道真は律令制における中央官庁の官吏養成機関である大学寮で詩文や歴史を学ぶ学生の文章生の試験に18歳の若さで合格、文章生のうち2名だけが選ばれる文章得業生になったのち、元慶元年(877年)に33歳で学者の最高位である文章博士に就き、朝廷における文人社会の中心的な存在になっていきました。

道真は宇多天皇の信任を受けて政治家としても手腕を発揮して要職を歴任、次代の醍醐天皇の下で昌泰2年(899年)右大臣に昇進します。しかし、これは家格からして異例の出世であったため貴族の中には快く思わないものが多く、左大臣菅原時平を中心に道真を排斥する動きが起きました。昌泰4年(901)、藤原時平の「宇多法皇が道真の娘婿でもある斉世親王を皇太弟に立てようとしている」という讒言により醍醐天皇は道真を大宰権帥に任じ、筑前国大宰府へ左遷しました。

家族とも十分な別れも許されないまま京都を離れることになった道真は大宰府では俸給や従者も与えられず、政務にあたることも禁じられ、衣食もままならない幽閉生活を強いられました。大宰府へ左遷されて2年後の延喜3年(903年)に菅原道真は亡くなり、現在の太宰府天満宮となる安楽寺に葬られました。

菅原道真について詳しくはこちら。
菅原道真|kami-sama|learning神社

ご利益

菅原道真は優れた学者であったことから学問の神様として多くの人に知られています。

また、和歌が得意であったことから和歌の神様、派生して文芸、芸能の神様、ほかにも豊穣の神様至誠の神様冤罪を晴らす神様など数多くの神徳があると信じられています。

境内社

参道と心字池、菖蒲池の周辺に以下の6社の末社があります。

  • 今王社
  • 志賀社
  • 保食社
  • 楓社
  • 水神社
  • 如水社
今王社
志賀社
保食社
楓社
水神社
如水社

本殿裏手に以下の6社の摂社が並んでいます。

  • 福部社
  • 老松社
  • 御子社(四社)
老松社など6社

本殿に向かって右側の回廊の外側に以下の13社の摂社と末社が並んでいます。

  • 中島神社
  • 靏寿尼社
  • 野見宿禰社
  • 尊意社
中島神社
尊意社と野見宿禰社、靏寿尼社
  • 皇大神宮
  • 天穂日命社
  • 金刀比羅社
  • 御霊社
  • 宰相和泉社
  • 大夫社
  • 素佐雄社
  • 竈門社
  • 高良社
  • 櫛田社
皇大神宮
金刀比羅社など8社

境内奥に以下の1社があります。

  • 天開稲荷社
天開稲荷社

祭事

以下は主な祭事です。

歳旦祭
1月1日
鷽替え、鬼すべ
1月7日
節分厄除祈願大祭
2月3日
曲水の宴
3月第1日曜日
大祓式
6月30日
夏の天神まつり
7月24日~7月25日
神幸式大祭
9月20日~9月25日
秋思祭
10月ごろ(旧暦9月10日)
特別受験合格祈願大祭
10月18日
大祓式、除夜祭
12月31日
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