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太宰府天満宮~境内のみどころ

記事May 25th, 2020
訪れた神社の詳細についての備忘録。太宰府天満宮は福岡県太宰府市にある神社です。学問の神様として知られる菅原道真を祀り、京都にある北野天満宮とともに全国にある天満宮の総本社とされます。太宰府天満宮の社殿など境内の見どころ。
訪れる時は公式の情報を確認してください。
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表参道

表参道は西鉄太宰府駅から太宰府天満宮まで続く約300mの参道です。太宰府天満宮の門前町にあたり、3基の鳥居が立つ参道の両側に多くの土産物店や食事処が軒を連ねます。

表参道

定番の太宰府名物の梅が枝餅から福岡名産のイチゴ「あまおう」を使ったスイーツまでさまざまなグルメを楽しむことができます。

梅が枝餅

梅が枝餅についてはこちら。
梅が枝餅|その他|太宰府天満宮

表参道で一際目を引くのはスターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店です。「自然素材による伝統と現代の融合」というコンセプトで新国立競技場の設計でも知られる建築家の隈研吾氏が設計したもので、伝統的な木組み構造を取り入れたデザインが特徴的です。全国に25店舗ある、その地の象徴となる場所に、その地の特徴を織り込んだデザインで建築された「スターバックス リージョナル ランドマーク ストア」の一つです。

スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店

御神牛

太宰府天満宮の祭神である菅原道真は牛と深い繋がりがあります。それゆえ神使とされる牛は「御神牛(ごしんぎゅう)」と呼ばれ、太宰府天満宮の境内には大小11体の御神牛像が鎮座しています。

太宰府天満宮と牛の繋がりについてはこちら。
太宰府天満宮と牛|その他|太宰府天満宮

楼門の横の御神牛像
本殿前の池のほとりの御神牛像

この御神牛像は銅像だったり石像だったりしますが、牛車の牛がうずくまったところを墓所としたという伝承にちなんで臥牛と呼ばれる伏せた姿勢の牛の像になっています。

小さな御神牛の石像

御神牛像は「撫牛(なでうし)」とも呼ばれ、けがや病気がある場所を撫でると治る、もしくは頭をなでると頭がよくなると伝えられています。境内に入口にある御神牛像がとりわけ人気で参拝者が多い正月などにはなでるために行列ができることがあります。

境内入口の御神牛像

石鳥居

境内に入ってすぐ、参道の角を曲がったところにある石鳥居は約700年前の鎌倉時代に建てられたと推定される高さ6.4mの石造りの明神鳥居です。久留米市にあった筑後有坂城城主の新田大炊介による寄進で、九州最古の鳥居とされます。福岡県の重要文化財に指定されています。

石鳥居

太鼓橋・心字池

境内に入ると参道は心字池を越えていきます。心字池は「心」という字をかたどった形の池です。

心字池を越える参道

参道は2つの太鼓橋と間にある平橋の3つの橋で心字池を越えていきます。この3つの橋は入り口から順番に過去、現在、未来の三世一念の相を表していて3つの橋を渡ることで三世の邪念を祓い、神前に進む前に心身を清めることができるとされます。なお、三世一念の考えは仏教思想によるもので、神仏習合の名残が見られます。

心字池に架かる太鼓橋

一つ目の太鼓橋を渡った島には末社の今王社、二つ目の橋を渡ると綿津見三神を祀る志賀社があります。志賀社は国の重要文化財に指定されています。

今王社
志賀社

手水舎

楼門前にある手水舎は昭和9年(1934年)に建立されたもので、中には宝満山から切り出された巨大な一枚岩の手水鉢があります。

手水舎

手水鉢の中央には除災延齢を意味する神亀が刻まれています。

手水鉢の神亀

手水舎の傍らには嘉永5年(1852年)に奉納された鷽像と麒麟像があります。

鷽像と麒麟像

宝物殿

楼門前にある宝物殿には菅原道真の遺品と伝えられる毛抜形太刀や龍牙硯、唐の時代に書かれた百科事典である国宝の翰苑など、太宰府天満宮や祭神の菅原道真にまつわる約5万点の宝物が所蔵、展示されています。また、太宰府天満宮の成り立ちや信仰にまつわる映像上映やオリジナルグッズや書籍を購入できるショップもあります。

拝観料は一般400円、大学生・高校生200円、中学生・小学生100円、開館時間は9時から16時30分、月曜日が休館日です。

宝物殿

中島神社

楼門に向かって右側の回廊の外側にある中島神社は昭和29年(1954年)に兵庫県豊岡市にある中嶋神社から勧請して創建された中嶋神社の九州分社です。九州菓子組合業からの要望により勧請された神社で九州の菓業の守護神、「お菓子の神様」としても知られます。

祭神は田道間守命(たじまもりのみこと)です。田道間守命は垂仁天皇の命により不老不死の妙薬とされる木の実「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」を探すために旅立ちます。ようやくその実を見つけて持ち帰った時には10年もの歳月が経ち、すでに天皇は前年に崩御していました。これを知った田道間守命は大いに嘆き悲しみ、持ち帰った非時香菓の半分を皇太后に献上し、残りの半分を天皇の陵に供えたあと悲しみのあまり亡くなったと伝えられています。

非時香菓は「時を選ばず香る果実」のタチバナのことです。ミカンの原種であるタチバナは葉が常緑であることから、すぐに散ってしまう桜とは対照的に永遠性や永続性の象徴とも考えられていました。古くは菓子(果子)といえば果実のことで、タチバナは最上級品の果子とされていたことから、田道間守命はお菓子の神様として崇敬されるようになりました。

のちに唐菓子が伝わると現代のように菓子といえば和菓子などを指すようになり、中島神社は菓子業者の信仰を集めるようになりました。

中島神社

絵馬堂

心字池の傍らにある絵馬堂は江戸時代の文化10年(1813年)に『筑前名所図会』を完成させたことで知られる博多の文人である奥村玉蘭によって建立されたものです。

絵馬堂

絵馬は神馬を献上する代わりに奉納されるようになった馬の絵に由来しますが、安土桃山時代になると著名な絵師たちが技を競うように馬だけでなく様々な絵を描くようになり、それらを展示するために建てられた絵馬は美術館のような役割を果たしました。太宰府天満宮の絵馬堂も「文化の神様」としても崇められる祭神の菅原道真を崇敬する作家たちが奉納した絵馬を見ることができるギャラリーとしての役割を果たしています。

絵馬に掲げられた絵馬
絵馬に掲げられた絵馬

楼門

楼門は戦火により何度も焼失し、戦国時代には豊臣秀吉によって博多奉行を命じられた石田三成によって再建されますがこれも明治時代に火災で焼失し、現在のものは大正3年(1914年)に明治から大正時代にかけて福岡県で活躍した建築家の三條栄三郎の設計によるものです。

楼門

通常2階建ての門のうち、1階部分に屋根がないものを“楼門”、1階部分に屋根があるものを“二重門”と呼びますが、太宰府天満宮の楼門は片側は1階部分に屋根があり、片側にはない珍しい構造になっています。

楼門の本殿側

中には“御神燈”と書かれた2mあまりある提灯が吊るされています。

楼門に吊るされた提灯

楼門の中には一対の随身像が安置されています。

左の随身像
右の随身像

本殿

本殿の社殿は延喜5年(905年)に門弟の味酒安行によって祀廟が建てられた後、延喜19年(919年)に怨霊を恐れた醍醐天皇の勅命により藤原仲平により造営されました。その後戦火によって繰り返し焼失し、現在の本殿は筑前国の領主となった小早川隆景が豊臣秀吉の命を受けて5年かけて造営し、天正19年(1591年)に完成したものです。国の重要文化財に指定されています。

本殿

本殿は正面にある大唐破風の向拝が特徴的な檜皮葺の五間社両流造で、金彩や朱色を用いた美麗な彫刻で彩られた華麗な桃山時代の建築様式です。太宰府天満宮には拝殿がなく、神事は正面の向拝の下で行われます。

本殿の大唐破風
裏手から見た本殿

本殿の中も朱色、黒、金彩で美しく彩られ、奥の壇上に神座が設けられています。祭神の菅原道真の墳墓はこの下にあります。

本殿の中

大樟

大樟は本殿に向かって左側の回廊の外側にある大きなクスノキです。幹周は約12mもあり、樹齢1000年から1500年と推定され、大正11年(1922年)に“太宰府神社のクス”として本殿裏手にある夫婦樟とともに国の天然記念物に指定されています。

大樟

夫婦樟

本殿の裏手にある大きなクスノキは二本が寄り添って立っている様子を夫婦に見立てて夫婦樟と呼ばれています。樹齢1000年から1500年と推定され、大きい方の樹は幹周約10m、小さい方は約5mほどの大きさです。大正11年(1922年)に“太宰府神社のクス”として本殿に向かって左側の回廊の外側にある大樟とともに国の天然記念物に指定されています。

夫婦樟

菅公歴史館

本殿の裏手にある菅公歴史館では太宰府天満宮の祭神である菅原道真の一生を博多人形を用いた16の場面のジオラマで紹介しているほか、日本各地の天神人形や神牛像などが展示されています。

拝観料は一般200円、大学生・高校生150円、中学生・小学生100円、開館時間は9時から16時30分、火曜日と水曜日が休館日です。

祭神の菅原道真が梅の花を好んだことから太宰府天満宮の神紋には梅の花を図案化した梅紋が用いられています。太宰府天満宮の境内は本殿前に植えられた飛梅をはじめとして約6000本の梅が植えられていて有数の梅の名所になっています。

飛梅伝説についてはこちら。
飛梅伝説|その他|太宰府天満宮

梅が咲いた境内

例年1月ごろに飛梅が境内で一番最初に花を咲かせるとされ、続いて境内に植えられた約200種類にも及ぶ白梅や紅梅がそれぞれ時期を違えて咲き、3月ごろまで梅の花を楽しむことができます。

天開稲荷社

境内一番奥にある末社の天開稲荷社は鎌倉時代末期に稲荷神社の総本社である京都の伏見稲荷大社から勧請して創建されました。

祭神は稲荷神として広く信仰されている宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)で、社名に由来するように天に開かれた社として五穀豊穣や商工業の発展に加えて人々に開運と幸福をもたらす神様として古来から信仰されています。

天開稲荷社の参道
天開稲荷社の社殿

本殿に吊るされた12の鈴にはそれぞれ十二支が書かれていて、自分の干支の鈴を鳴らしてから参拝する十二支鈴参りという独特な参拝方法で参拝します。

本殿の裏手には石室の中に作られた奥の院があります。

吊るされた12本の鈴緒
天開稲荷社の奥の院
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