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御嶽神社~由緒と祭神

記事March 9th, 2020
訪れた神社の詳細についての備忘録。御嶽神社は宗像大島の最高峰である標高224mの御嶽山にある宗像大社中津宮の境外摂社で、天照大神と湍津姫神荒魂を祀ります。御嶽神社の歴史と祀られる神様について。
訪れる時は公式の情報を確認してください。
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由緒

倭国と大陸との間の交易が活発になった4世紀ごろ、九州本土から約60kmに浮かび大陸との交通の要衝である沖ノ島で航海の安全や交流の成就を祈る大規模な祭祀が行われるようになっていたとみられます。この時は社殿がない露天での祭祀で、7世紀ごろには同様の祭祀が現在の御嶽神社があり玄界灘を見下ろす御嶽山の山頂、それに現在の宗像大社辺津宮のある九州本土の田島でも行われるようになります。

8世紀前半に成立した日本最古の歴史書である“古事記”や“日本書紀”には豪族の宗像氏が沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮で宗像三女神を祀っていると記されています。16世紀ごろまでには御嶽山の麓に社殿が造営されて現在の中津宮となり、山頂にある御嶽神社は中津宮の奥宮となりました。

現在でも御嶽神社の周辺には7世紀から9世紀ごろに行われた古代祭祀場の跡である大島御嶽山遺跡が残されています。

祭神

御嶽神社の祭神は天照大神あまてらすおおみかみ湍津姫神荒魂たぎつひめのかみのあらたまの二柱です。

天照大神は太陽の女神とされ、伊勢神宮内宮の祭神として知られます。高天原を統べる主宰神で皇祖神とされています。

湍津姫神は宗像三女神のうちの一柱で、天照大神と素戔嗚尊の誓約の時に天照大神が素戔嗚尊の十握劒を噛み砕き、吹き出した息の霧から生まれました。宗像三女神は天照大神から授かった神勅のもと宗像の地に降臨しました。

神霊には優しく穏和な一面である和魂にぎたまと荒々しく猛々しい一面である荒魂あらたまの二つの側面があります。普段は一つに祀られますが、時に単独で一神格として祀られることがあり、御嶽神社には湍津姫神の荒魂が祀られています。

ご利益

宗像三女神はあらゆる道を導く最も尊い神として、古くから大陸への海路を護る航海安全の神様として信仰されてきました。また、天皇家を守護するよう神勅を受けて降臨した宗像三女神は国家安泰の神様でもあります。

太陽神である天照大神は五穀豊穣の神様であるとともに、最高神として崇められ、国家安泰や招福、開運などあらゆるご神徳をもたらすとされます。

摂末社

摂末社はありません。

祭事

以下は主な祭事です。

沖津宮・中津宮両宮春季大祭
4月ごろ(旧暦3月15日)
沖津宮・中津宮両宮秋季大祭
10月ごろ(旧暦9月15日)
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